おすすめ本

2015年7月27日 (月)

虹がでた

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2014年10月 8日 (水)

たくさんのふしぎ

昨日は、福音館の「たくさんのふしぎ」編集長の石田栄吾氏の講演会に行ってきました。福音館に勤めてるなんて羨ましいなあ、と思って話を聞いていました。

福音館の、子ども向けの雑誌、「こどものとも」「かがくのとも」「大きなポケット」「たくさんのふしぎ」は子どもが小さい時は時々買っていました。「かがくのとも」や「たくさんのふしぎ」は子どもに関係なく私が興味を持ったものは買っていたけれど、最近はご無沙汰でした。

今回石田さんが手がけたものの制作裏話など、興味深く聞きました。

とくに、虫好きの私が好きで、買っていた「くものすおやぶんとりものちょう」秋山あゆ子/作 を紹介してくださり、その制作過程を見せてくれたのはとてもうれしかったです。

秋山あゆ子の「虫けら様」というコミックを読んで、この人(秋山あゆ子)と友達になりたいと思ったほどです。本当に虫が好きなんだなと思えるほど、ちゃんと生態を踏まえたうえで、虫たちを主人公に愛らしく描いてくれていて、大好きです。でも、難点は絵が細かすぎて、読み聞かせには向かないってこと。

そのほかにも、たくさん紹介してくださいました。どれもこれも、読んでみたくなりました。

科学絵本を作る意味は、「子どもたちを取り巻いている世界が生きるに値するなかなかいいところだよ、ということを子どもに伝えること」だと。

さまざまなアイデアが持ち込まれると思うが、いい原稿の条件は、「その人しか知らないことで、その人が本当に知っていること」だそうです。そして、そのことを知っていても、現実の生活ではあんまりすぐ役立たないことが多いとのこと。たとへば、

雨は雲から地面に落ちるまで何分くらいかかるか・・・・10分くらいかかる。

一本の木に葉っぱは何枚あるか・・・・2万枚くらい(「はるにれ」の姉崎一馬さんは子どもたちと一緒に切り倒される木をもらって、みんなで手分けして葉っぱの数をかぞえたそうです。)

私は終了後、帰りに図書館に寄って、「アマガエルとくらす」山内祥子/文、片山健/絵、「ダーウィンのミミズの研究」新妻昭夫/文、杉田比呂美/絵の2冊、借りてきました。「アマガエル~」はどなたかが、大好き、と連発していたから、「ダーウィン~」のは私がみみずに興味があったから。

2冊とも、すごく面白かったです。「アマガエル~」なんか、泣けました。作者の山内祥子さんは、元小学校の先生で、その当時は畑で野菜を作っていらして身近に自然がある環境で暮らしていたそうです。読み終わって感じたことは、たとへアマガエルでも、同じ地球に生きる生き物同士、心は通じるってこと。

私も子どもが小さい時は、アゲハ蝶の幼虫を飼ったり、カブトムシ、カメ、ザリガニ、アリジゴクなどかっていました。特にアゲハは大好きで、ひと夏で15匹くらい蝶にして放してあげた思い出があるので、とても気持ちがよくわかりました。長く飼ってみなければわからないことも知ることができました。

私はアマガエルの寿命は1年だと勝手に思っていたのですが、山内さんの飼い方がよかったのかもしれませんが、14年も生きたというのにはびっくりしました。そしてカエルが脱皮するということも、雨が降りそうになると体が濡れたようになるというのも初めて知りました。子どもに是非勧めたいです。でも、これ読んで、「アマガエル飼いたい」っていったら嫌がる親が多そう。

「ダーウィン~」のほうも、面白かった。私も、子どもと一緒にミミズが穴を掘って地面に潜り込むのを腹這いになってずっと見ていたことがあるので、ダーウィンさんのことがとても身近に感じられました。

ダーウィンといえば、「種の起源」で有名ですが、実は、40年もの長い間をミミズの研究に費やし、亡くなる1年前に「ミミズの作用による肥沃土の形成とミミズの習性の観察」という本をだしていたのです。

「ミミズのふしぎ」皆越ようせい/写真 という絵本で少しミミズのことは知っていましたが、ミミズがどんな役割を果たしていたかが、数字的に示されていて感心しました。しかし、なんという気の長い研究だったことか、えらいのは、家族や周りの人。科学的なことがわからない人にはただの変人おじさんだもの。

こういう科学絵本は子どもだけでなく大人にも面白いと思いました。大人の本だと難しい言いまわしで、なかなか頭に入ってこないことも、とっつきやすくわかり易い内容になっているからです。

2014年8月18日 (月)

僕が跳びはねる理由

16日夜のNHKでやった「君が僕の息子について教えてくれたこと」という番組は衝撃的だった。会話のできない重度の自閉症の青年「東田直樹」君が13才の時に書いた「「自閉症の僕が跳びはねる理由」という本が、世界20か国以上で翻訳され、ベストセラーになっているというのだ。アイルランド在住の作家デイビッド・ミッチェル氏が自分の8才の自閉症の息子のことで悩んでいるときに、この本を見つけ、初めて息子の心の中を見、その行動を理解できるようになって、息子に対する自身の有り様が劇的に変わったというのだ。それで、この本がもっとたくさんの人に必要と考えてすぐさま、英訳出版。その反響は大きく、ノルウェーでは、記録的な売れ行きで「ここでは村上春樹、三島由紀夫、東田直樹ですよ」と。大手通販サイトには世界から、1000を超えるレビューが寄せられているそうだ。

ミッチェルさんが直樹君と対面して様々な質問をする場面がある。最後にミッチェルさんは一番聞きたかったことを聞く。「父親として自閉症の息子に何をしてあげればよいか」。直樹君はそれにたいして、すぐさま答える(いつも、反応はすごく速い)「そのままで十分だ」と。

直樹君はエッセイにこの時のことを、「子どもが望んでいるのは親の笑顔だからです。僕のために誰も犠牲になっていないと、子ども時代の僕に思わせてくれたのが、僕の家族のすごいところです。」と書いている。

この番組を見ながら、長男と自分の来し方を思い出し、何度も涙した。長男が、ADHDだと分かったのは大学に入ってから。その時の私の心の葛藤。「そんなはずない!そんなはずはない!」と。ただ、長男が自分の至らなさを、ADHDのせいにしていると非難するだけだった。その時の長男の絶望したような悲しい目。そのあと、怒りにあふれた目で「どうして、ネットで調べたり、本を読んだりして、そのことについて知ろうとしないんだよ。親ならそのくらいしろよ!おれが、このことについて悩んで調べ、親に言うかどうしようかこの半年どんなに悩んだかわからないのか!」といった言葉が胸につきささっている。

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2014年5月21日 (水)

家なき鳥

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市民図書で、新規購入した本を並べているとき、若いころインド商社にお勤めだったという70代のご婦人にこの「家なき鳥」をおすすめした。

この本はヤングアダルト向きの本ですが、読んでいるとずっと昔の話なのかと思ったら、パソコンが出てくるので、現代の話らしいとわかる。インドでは結婚は親が決めて、結婚式の日まで、相手の顔も知らされず、女の子は莫大な持参金を夫の家に払わなければならないそうです。

この物語の主人公のコリーはたったの13歳で、持参金目当ての家にお嫁に行かされるのです。しかも、相手は重い病気で今にも死にそうな状態。この婿の母親が病気を治すためにお金が必要だったから、持参金目当てに結婚させたのです。でも結婚してからすぐに死んでしまう。

その後の、姑の嫁いびりのすざまじいこと。挙句の果てにコリーは無一文で、未亡人の町(インドにはこういう町があるそう)に捨てられてしまうのです。こんな重苦しそうな内容なのに、コリーの持ち前の負けん気と楽天的な性格のせいか、どこかカラッとしていて、センチメンタルでないのです。特に最後がさわやかで、希望があるので、読後感がとてもいい本です。

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2014年3月20日 (木)

水門で

Pap_0000_3次回の中学での読み聞かせに使う話を探していて、フィリパ・ピアスの「幽霊を見た10の話(岩波書店)」を読み返してみた。10ある短編の中で「水門で」という話が 一番好きだ。ためしに就活でエントリーシート作成に四苦八苦している長男に「気分転換、気分転換」とかいいながら、無理やり読んで聞かせた。

パソコンに向かいながら耳を傾けていた、長男。あまり聞いてないかなと思ったが、読み終わった途端、「いい話じゃん、おれ、この話すきだよ。初めは何ともなかったのに、どんどん、話に引き込まれた!」と言ってくれ、ちょっとうれしかった。

それで、今日のルピナス文庫の勉強会で、最初に、みんなに聞いてもらった。「涙が出そうになった」と感想を述べてくれた人もいた。また、「中学1年生にはどうだろ、3年生くらいならいいかも」、という人も。

確かに、読書慣れしている子は大丈夫かもしれないが、普段あまり本を読んでない子にはとっつきは悪いかもしれない。でも、「一部の子しか感動してくれないかもしれないけど、聞ける子には、一生忘れない話になるかもしれないですね」との意見も。

そう、「忘れられない話」、この話は私にとってもそういう話だった。戦争のドンパチは一つも出てこないけれど、本当に戦争はいやだなあと思わせられる話。そして親子の、兄弟の、心の絆の強さに心打たれる話だった。

それにしても、フィリパ・ピアスの物語作りの上手なこと!突き放したような淡々とした文章の中に、はっとする人間の心の深淵を見せてくれる。

この「水門で」について、訳者の高杉一郎さんはあとがきで「戦争に引っ張り出されたことのある私は、祖国を遠くはなれた異国の地で、いくらかこれに似た経験をしたことがあります。そのためでしょうか、身につまされて、訳しながら涙をおさえることができませんでした。」と書いています。

2013年10月24日 (木)

ルピナス文庫のお話会(第4回)2013.9.24

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2012年6月26日 (火)

お話を運んだ馬

先日の「3.11からの出発」お話会で聞いた、「自分はネコだと思っていた犬と、自

分は犬だと思っていたネコのお話」、I.B.シンガーの「お話を運んだ馬」の中の

お話だが、それを聞いて、私は(あれ、それは読んだのになあ、そんな話あった

っけ?)と思って、早速読み返してみた。いやー久々に読んだけど、すごく良か

った。

この本にはI.B.シンガーが祖国ポーランドで過ごした子どものころのことや、

子どものとき聞いた話などをもとにして書いた話が八篇収められています。すべ

てシンガーの創作ですが、まるで、昔から語り継がれてきたような昔話のテイス

トにあふれたお話たちです。そこには、シンガーの体験から得られた人生観が

ちりばめられていて、どのお話も面白く、引き付けられます。特に最初の「お話

の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」はしみじみと、胸に迫り、読み終わったと

き、温かなものがジワーッと広がっていくようでした。そして、涙が出てしまった。

以前読んだ時には感じたことのない感情がわきおこり、なにか宝物を見つけた

ような気がしました。それは、お話にたくさん接し、本を読み、さらに人生経験を

重ねたが故の感じ方だったのでしょうか。

「過去とそれにまつわるさまざまな気持ちを思い出すうえに役立ってくれるもの、

それが文学です」とシンガーは書いています。時を経てはじめて理解できる物

語、経験を重ねたからこそわかる人生の真実、というものもあるのではないでし

ょうか。そんなことを考えてしまいました。

またシンガーは自身の人生観や物語についての考え方をお話の中にたくさんち

りばめています。

「見る目があり、聞く耳をもつ人は、だれでも一生、語りつくせぬほどの、子ども

や孫に聞かせきれないほどの話を自分に取り入れるものだよ。」

「いちにちが終わると、もう、それはそこにない。いったい、なにが残る。話のほ

かには残らんのだ。もしも話が語られたり、本が書かれたりしなければ、人間は

動物のように生きることになる。その日その日のためだけにな。」「きょう、わた

したちは生きている。しかしあしたになったら、きょうという日は物語に変わる。

世界ぜんたいが、人間の生活すべてが、ひとつの長い物語なのさ」

「物語を読むと、ときには、とても信じられないことに出っくわす、ところが、わし

がどこかへ行って人の話に聞くと、それとそっくりのことが、ほんとうに起こって

いたりする。きょう起こらなくても、あす起こるかもしれない。ある国では起こらな

くても、べつの国で起こりうる・・・」

たとへ、人種、言葉、食べ物、生活習慣、住んでる地域等が違っていても、人間

の感情なんて大差ない、喜びや悲しみの内容はだいたい同じだとシンガーは、

いっているのではないでしょうか、だから東洋のはじっこの国の私たちを感動さ

せることができるのだと思います。