« 2015年3月 | トップページ | 2015年6月 »

2015年5月

2015年5月31日 (日)

吉田新一先生講演会

Img_20150531_42436

25日、ナルニアで行われたエドワード・アーディゾーニに関する講演会で、吉田新一先生の話を聞いてきました。たくさんの資料を見せていただき、興味深いお話をたくさん聞きました。頂いた資料の中に、オンリー・コネクトⅢに「絵本の創造」というアーディゾーニの文章があるから、できたら、全文読んでみてください。とあり、さっそく、アマゾンで購入(今は古本しかない)し読んでみた。すごくinteresting!

アーディゾーニの絵本にはよく、吹き出しがついているけれど、そのわけとか、子どもにとっての優れた絵本の条件などが、書かれてあって、その内容が、すごくうなづけるのだ。
絵本の絵について、「物語を明確に語り、納得のいくように登場人物を写し出し、微妙な情感を伝える絵を描くのは難しいことです。」
「見かけばかりの明るい色さえつかってもらえば、幼い子ども向きの本の仕事は、アマチュアあるいは経験の浅い、画家で充分だという考え方があります。例外はあるかもしれませんが、私はこの考え方はまちがっていると思います。幼い子どもたちには、可能な限り、最善の絵を与えられるべきです。」とあり、また絵本の文章については
「物語を限られた少ないことばで語り、しかも、声に出して読みやすく、耳に快いひびきを与えなければならない。」「ページの終わりごとに、文章は問いかけ、あるいは、サスペンスのある調子で巧まずして中断されなければならない。」
そして、その内容、題材については
「子どもの読書の分野では、私たちは、たぶん、子どもたちを、実際の人生に存在する困難な事実から遮蔽しすぎているのではないでしょうか。悲しみや失敗や貧しさや、そしてたぶん死でさえも、詩的にとりあつかえば、子どもたちを傷つけることなしに、必ずやすべてとりあげられると思うのですが。考えてみれば、子どもの本は、ある意味で、子どもたちの行手にある人生の紹介者ではありませんか。もし、これらの本の中に困難な世界のことが何も触れられていなければ、私たちは果たして子どもたちに対して公平にふるまっていることになるのでしょうか。」とつづくのである。このあと、わらべ歌についての慧眼な文章も納得です。
その他、ナット・ヘントフの「かいじゅうたちにかこまれて」というセンダックについての興味深い文章もとてもおもしろかった。
他にも、デュボアザン、ポター、アーサー・ランサムなどについての文章も面白そうだ。読むのがたのしみ!。この本のことを知ることが出来ただけでも収穫だった。
あと、まだ、「天路歴程」についてや、「孔雀のパイ」についての話など、じっくり、と読み直し再考したい。

2015年5月28日 (木)

年寄りの話し方

 年寄りが、話をすると、用件を端的に話さないで、事の初めから、ぐだぐだ話すから、いらいらしながら、聞くことがある。亡くなった母親から電話がかかってきたときも、別に急ぐことがあるわけでもないのに、「うん、うん、うんそれで?」と、相槌の言葉が早くなって「おまえと、話してると早口になっちゃうよ!」と怒られたことがある。もっとおだやかに、やさしく話を聞いてあげればよかったなあと、後悔しても、もう遅い。

でも、なんで、年寄りになると、端的に話ができなくて、まわりくどくなるのか?
ちゃんと話が伝わらないと嫌だから、誤解をさけるために、事の発端から話そうとするのか、それとも、前に言ったことを忘れて、また同じことを始めて話すみたいにいってしまうのか?

というのも、私もだんだん年寄りになってきたんじゃないのか、と不安になることがあったから。
先日、用があって次男が帰ってきたときのこと、社会人として新生活が始まった彼に、いろいろアドバイスをしているとき、素直によく聞いていたのだが、2回も、途中で欠伸をかみ殺しているのを見たからだ。その時は寝不足なんだな、と思っていたのだが、彼が帰って、お茶碗洗いしているときに、ふと、思ったのだ、もしかして、私、くどい話方してる?次男はやさしいから、すぐに口に出して文句を言わない。
考えすぎかもしれないけど、話がくどくなってるんじゃないか、同じことしゃべってるんじゃないかって気がする時がこのところ、ある。あ~やだやだ気をつけよう。
「同じこと言ってたら、注意してね」って夫に頼んだら、「うん、わかった」って安請け合い。あんまりあてにならない。夫はすぐ忘れちゃうから、同じこと話しても、初めて聞くみたいなリアクションしてる時がしょっちゅうだからなあ。
長男は、「その話前聞いた!」ってすぐ言うんだけれど、こっちは言われるとしゃくにさわる。要するに人をあてにしないで自分がしっかりするしかないのかな。

2015年5月13日 (水)

S保育園のお話会

今朝は台風一過、風が空の大掃除をしてくれたので、この時期には珍しい富士山がくっきり見えました。朝、小学校に読み聞かせにいくとき、木の枝があちこちに落ちていました。

20150513_061630

続きを読む "S保育園のお話会" »

2015年5月11日 (月)

おかず作り

お料理するのはきらいじゃないけど、毎日となると、時々、何作るか思いつかなくて面倒になる時がある。夫や、息子に「今日、何食べたい?」と聞いても、「何でもいい」という返事が返ってくるだけだもの。

そうしたら、新聞に、京都では日付によって献立が決まる、「お決まり料理」というのがある、という記事が載ってた。たとへば、毎月一日と十五日には「にしんと昆布の煮付け」とか、八の付く日は「あらめと油揚げの煮物」ときまっているそうだ。どれもごはんのおかずとして、たびたび出ても飽きのこない素朴なメニューだ。
そういえば、海上自衛隊では、金曜日はカレーライスと決まっているそうだ。カレーといえば、イチローは毎日朝ごはんはカレーっていってたな。
で、「お決まり料理」いいかもしれない。わが家に採用!

そいえば、我が家は家族それぞれの誕生日は家で手巻きずしを食べることになっている。もう何年もそうだ。4人家族だから年4回、手巻きずしを食べる。あるとき、たまには違う物にしたいね、ってすき焼きにしたことがあるけど、一回きりで、また手巻きずしに戻った。家族全員お寿司が好きだということもあるが、なんといっても、準備が簡単だから、私が楽ってことが第一の理由。でも、子どもたちがふたりとも社会人になって、仕事が忙しくなったり、結婚したりしたら、全員集まるのは難しくなるだろう。
そうなったら寂しくなるだろうけど、反面、ホッとする気持ちもある。

ジャーサラダ

ずっと気になっていた、ジャーサラダを作ってみました。

20150511_081646

続きを読む "ジャーサラダ" »

2015年5月 9日 (土)

湯田中温泉

20150503_101137

20150503_101319

続きを読む "湯田中温泉" »

2015年5月 8日 (金)

瀬田貞二先生の思い出

今回、ストーリーテリングでもなく、わらべうたでもなく、ほんとにお話を聞く会でした。

何の話かっていうと、「瀬田貞二先生の思い出」話です。
あるところで、石川先生が瀬田貞二先生の教え子だということを知り、あら~じゃお話ききたいなあ、とダメもとで、勇気出してお願いしたら、「たいした話はできないけど」、と快くOKしてくださったのでした。しかも、わざわざ、ルピナス文庫に足を運んでくださり、ざっくばらんな感じで、お話してくださいました。途中私が質問したり、一緒に聞いていたメンバーからも質問があったり、瀬田先生の話だけじゃなく、子どもの本の周りのあれこれ、悩みなども話せて、とてもリラックスした会でした。

たまには、一方通行の話じゃなく、こういうやり取りがある会もいいなあ、でも、リラックスしすぎて、わだす、石川先生に「あのさ、」とか言っちゃって、あわてました。あわてて謝る私に、にこにこしながら「いいのよ~」と優しいお言葉。本当に修行が足りず、申し訳ない事でした。

でもでも、お話はおもしろかった!瀬田先生のお人柄のわかるエピソードをたくさん、お話してくださいました。特に、ユーモアのセンスが抜群だなあと感じるエピソードには皆、大爆笑。
それから、大学の授業で瀬田先生が、これは読んでおきなさいよと、勧められた児童書をたくさん教えていただきました。

ウォルター・デ・ラ・メアの「サル王子の冒険」(飯沢匡/訳)は現在「ムルガーのはるかな旅」(脇明子/訳)という題名で出ていますが、持っていただけで読んでませんでした。でも、今は新刊は出てないみたい。古本だけみたいです。
訳者あとがきを読んでみたら
「最初はデ・ラ・メア自身の4人の子どもたちのために書きはじめられたこの物語は、手に汗を握る冒険のおもしろさもさることながら、詩人ならではの繊細な言葉の美しさ、豊かな想像力によって描きだされた世界の壮大さによって、1937年にトールキンの『ホビットの冒険』が出版されるまではこれに匹敵するものはなかった、といわれるほどの高い評価を得ました。」
とあって、(うわあ~読みたい)と思いました。
そして、デ・ラ・メアは精妙な言葉のわざをつくし、自分で作った造語も多いので、わからない名前もいっぱいでてくるけれど、
「わからなくてもいいことにして、響きの楽しさを味わいながら先へ先へと読み進んでいけば、いつしか、ついぞ見たことのない不思議な世界が目の前にひらけてくるのがおわかりになると思います。それは、ふだん使いなれた言葉だけではけっしてたどりつくことのできない世界ーーー見えないものを見る特別な想像力と、それをとらえる言葉の魔術なしには、とうてい描きだすことのできない世界なのです。」
とあって、ますます読みたい気分が盛り上がってきました。このことは、私が石川先生に質問したことと関連しているような気がしました。それは

「瀬田先生の『幼い子の文学』や『絵本論』には聞いたこともない言葉や辞書引いても出てこない言葉、瀬田先生独特の言い回しが出てくる。それはすごく
言い得て妙という言葉が多いのだけれども、読み方がわからず困った、出版社にどうしてルビふってくれないのかと文句いいたいくらい」といったら、

「子どもでも、わからないことばだらけなんだけれども、国語教育で大切なことはわからない言葉に出会うことだそう。わからない言葉が想像力をかきたて、成長をうながすんじゃないだろうか、というようなことをおっしゃったんだけれども、同じようなことが、このあとがきに書いてあっておどろきました。

ずっと前に買ったけど、ずうっと読まずにほこりをかぶっていた本がにわかに、光り輝きだして私の目の前にある。こういうことは今まで何度も経験してきましたが、何度経験してもわくわくします。

あと、石川先生が名前が思い出せなかった本、これじゃないかなと思います。
ジョン・メイスフィールドの「喜びの箱」石井桃子/訳です。
これも、買ったっきりまだ読んでない本です。この本の前編の「夜中出あるくものたち」も持っていますがまだ読んでいません。これも以前友人が「すてきなのよ~」とすすめていたような気がします。
あと瀬田貞二作の絵本「きょうはなんのひ」(福音館)の中にでてくる家は瀬田先生のおうちがモデルで、そのまんまだそうです。そして瀬田文庫はまだ娘さんが引き継いでやってらして、奥様は今もご健在だそうです。浦和にあるそうですが行ってみたいわあ。お宝本がいっぱいありそう。
ということで、絵本論の大先生が身近に思えた一日でした。

続きを読む "瀬田貞二先生の思い出" »

2015年5月 6日 (水)

五月晴れ

S_20150502_131726_2

20150502_130254

四月の天気の悪さを穴埋めしようとするかのような、GWのこの天気の良さは何なんだろ?いつも、GWは(どこいっても、人だらけだよ)っておうちでのんびりか、映画行くくらいだったんだけど、今年の夏は、どこにも行けないというので、じゃ、せめてGWくらいどこか行きたいということで、長野に行きました。

ちなみに夏にどうしてどこも行けないかというと、夫が水泳部の顧問で、今年はすごい強い子がいるからです。夏休み土日も休みなし!文部省~なんとかしてくれ~部活の顧問って、ボランティアなのに、責任重くて、なんかあれば、すぐ文句言われて、割が合いません。でも、本人が好きだからやってんだろうけど。
家族は大変、あ~愚痴っちゃった。

長野には、夫の教え子でいろいろあって卒業後も、いろいろ面倒見てた子がお嫁に行って赤ちゃんが生まれたというので、会いに行くというのが目的、そのついでに温泉でも入ってこようということに。

20年間連れ添った、愛車バンディットと行く旅行もこれが最後、タンデムでいろいろなところに行きました。夫の手入れがいいのか、見た目はとってもきれい!
大きな故障もなく、頑張ってくれました。

朝、6時半出発、第三京浜を通って環八に出て練馬から関越自動車道へ、伊香保渋川インターチェンジで、降りて、国道353号線を草津に向かって走る。この道が最高だった。緑色の種類の多さ、若葉が日の光に輝いていました。そしてフジの花の香りを胸いっぱい吸っていい気分。見れば、あっちにもこっちにも、「私はここよ」とフジの花がいっぱい咲いていた。クリスマスツリーの飾りみたいに、頂上までぐるぐる巻きついているのもあった。353号線は、吾妻川沿いにあるので、川が右になったり左になったり、下の方になったり、しながらその美しい景観を見ながら走るのは気持ちよかった。
群馬を見直したな。そして季節もいいのだろう、どこもかしこも、お花だらけ、桜もソメイヨシノじゃない、かわいいピンクの桜がまだたくさん咲いていた。何気ない駐車場も、空き地も、黄色いたんぽぽ、青い星のようなおおいぬのふぐり、渋いピンクのひめおどりこそう、などがいきいきと咲いて絨毯のよう。

途中にあったセブンイレブンでコーヒー買って、その横の空き地で休憩したけど、そこにも、名前のわからないかわいいお花が咲いていた。あ~名前がすぐわかればいいのにって思った。
長野原草津入口から、勾配がきつくなり、硫黄のにおいがしてくる。こっちはバイクだからいいけど、自転車は大変だ。最近、きちんと装備したチャリダーが増えた。標高があがってくると、見えたのはたくさんの雪!
嬉しくなって、バイクを止めて雪の中へGO!
そんなにザラメじゃなくてやわらかい。もっと上の方ではスキーしている人もいた。でもふと近くの立て看板をみると、草津白根は噴火を警戒して、朝8時から午後5時までしか入山できない。と書いてあった。ふと御嶽山の噴火の事がよぎる。
さらに登っていくと、「日本国道最高地点2171m」というところにつく。近くのレストハウスで証明書をもらう。気温13度。でも湯田中についたら、27度。この差はきつかった。たった30分くらいなのに。長野って意外に暑い。
途中、志賀高原の蓮池、丸池など通ってきたが、その寂れようにびっくりした。スキーに来たとき泊まったことのあるホテルが廃墟のようになっていた。私たちが若いころは、シーズン中、土日はスキーって、人がたくさんいたよね。スキーバスもたくさん出てたし。でも今はそんな若者が少なくなってきたのかな。
きれいなとこなのに、寂しかった。

« 2015年3月 | トップページ | 2015年6月 »