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2012年10月10日 (水)

N宅の会

昨日は「N宅の会」でした。

朗読したのは「九ばんめの波」・・・町かどのジムファージョン/文、E・アーディゾーニ/絵童話館出版
 「月がほしいと王女さまが泣いた」・・・ムギと王さまファージョン/作、石井桃子/訳 岩波書店

二つとも奇想天外なものがたり、今風にいえば、(ぶっとんでる話)、朗読している間、くすくす笑いが出る。こういう話は心を開放させるなあ。

「九ばんめの波」はジムらしい、ほのぼの感が楽しくて、ああやっぱりジムの世界はいいなあと思う。

「月がほしいと~」は、ナンセンスいっぱいで楽しい中に、ちょっと毒があって、風刺がきいている。

人々が訳もわからず、付和雷同していく様を、スピード感あふれる文章で描いている。


「だれも、なぜ夜がまちがっているのか、考えてみる者はいませんでした。みんながそういってるのだから、それでいいのです。」「かれらは、みなかたい決心をかためていました。けれども、じぶんたちが、なんのことでさわいでいるのか、わかっているものは、ひとりもいませんでした。」

聞いていて、先日の中国での若者の暴動が思い浮かんだ、という方もいた。日本人もマスコミに踊らされ、自分の頭でものを考えないで、人の言葉に踊らされている人のなんと多いことか。

先日読んだ小川洋子さんの「物語の役割」ちくまプリマー新書の中にとても心惹かれるエピソードが書いてありました。
「博士の愛した数式」のイスラエル版の契約が、ヒズボラがイスラエル兵士二人を拉致したことに端を発するイスラエルのレバノン侵攻のために遅れていたのだが、停戦が成立してやっと契約が成立した。その時、自分の小説が現実社会と無関係ではなく、爆弾が飛び交う中で私の小説が読まれることもあるのかもしれないと思った。契約の知らせとともにエージェントの人が送ってくれたメールには


『同じ本で育った人たちは共通の思いを分かち合う』という一文がそえられていた。

民族も言葉も年代も性別も違う人間が、どこかで出会ったとして、その時、お互いの心を近づける一つのすべは、どんな本を読んで育った人かということ、同じ本を読んでいたら、たちまちその人が身近になり、心をかよわせることができるでしょう。いつか自分の書いた小説を、そういう場面で誰かが挙げてくれたら、作家としてこんなに大きな幸せはない。

と、まあ、だいたいこんな内容の話でした。

物語が、宇宙からみたら地球にはどこにも線が無いんだという事実に、気づかせてくれて、人間の本当のしあわせは、心を通じ合わせることなんだということも、わからせてくれるのだと思います。

これからも、そんな物語を子どもに届けていきたいし、また新しく出会いたいと思います。

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